名古屋の産業

名古屋圏(愛知・岐阜・三重の三県)は総生産で全国のおよそ一割のシェアを占め、わが国の3大経済圏の一つを形成しています。この地方は、全国的にみて工業生産が盛んな地域であり、特に自動車を主体とした輸送用機器の集積が高いことが特徴になっています。先端技術産業では、ファインセラミックス、メカトロニクス、航空宇宙産業などの分野が比較的強い産業といえます。また、名古屋市は卸売り販売額で中部圏の50%以上を占め、中部の流通拠点の役割を担っています。

もの作り日本一の町名古屋

あまり知られていませんが「新幹線」の4割は名古屋の企業が作っているのです。熱田区に本社を置く「日本車両製造」(地元では日車と呼ばれている)は鉄道車両メーカーの国内最大手で東海道新幹線では5割のシェアを誇っています。

そして現在に至るまで、「日本車両製造」はJRはもとより私鉄などの車両も数多く手がけ、名鉄や名古屋の地下鉄もその多くが「日本車両製造」です。
さらには、JR東海が2025年に開通を目指しているリニア中央新幹線の山梨実験線車両も「日本車両製造」です。
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名古屋のパチンコ産業

名古屋がパチンコの発祥地であることは全国的に有名ですが、実際にパチンコ店の数は全国トップクラスで、生産台数では8割を占めています。
今のパチンコの基礎となったのが、名古屋で生まれた「正村ゲージ」です。
正村ゲージとは、1948(昭和23年)名古屋市西区で遊技場を営んでいた正村竹一が考案したゲージ構成、つまり板に打ち付けてある釘の配列のことです。それまでのパチンコ台は釘が等間隔に打ち付けてあるだけの単純な構造であったことから、何かと問題があったそうです。そこで正村は、天釘をつけたり、不規則に釘を並べて玉の跳ね方を不均一にしたことによりゲーム性が飛躍的にアップし、大人を熱中させる大衆娯楽の王様へと昇格したのです。

しかし、驚くことに正村は「みんなで仲よう使やーええがや」と言って特許を執らなかったのです。当然他社はマネをしてきますが、それでも正村は広い心で見守っていたそうです。

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日本初の自動車は名古屋製

何だかんだといっても車のメーカーで総合的に判断してトップに立つのは「トヨタ」でしょう。しかし、以外にも日本初の自動車はトヨタではないのです。実は鉄道車両を作っていた「日本車両」だったのです。しかも材料が木曽のヒノキで、あまりに重すぎて使い物にならず2代目が作られることはありませんでした。
その後名古屋が再び自動車を世に送り出すのはちょうど30年後の1932年 名古屋市長の大岩勇夫が1928年に提唱した、「中京デトロイト構想」に沿い、大隈鉄工所(現オークマ)、愛知時計電機、岡本自転車、日本車輌製造の4社共同で国産初の乗用車、「アツタ号」が完成。しかし、アツタ号は採算が合わず、30台作っただけで生産中止になってしまいました。

ちょうどその頃時期を同じくして「豊田自動織機」が世界初のフルオート豊田自動織機を開発。この成功で資金を得た「豊田自動織機」は自動車開発に乗り出し1935年ついに大衆乗用車の試作車を完成させ、戦後本格的に乗用車の生産の取り掛かりました。

トヨタAA型乗用車左の写真は「トヨタAA型乗用車」で、昭和11年(1936)に発売された、トヨタ初の生産型乗用車
スタイルは、当時としては画期的な流線型で創業者、豊田喜一郎たちの大衆車作りにかけて情熱と先見性がうかがえます。

こうして車作りの技術と情熱は現代に受け継がれ名古屋の発展に寄与してきたのです。

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