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愛知県の西部に位置し16区で構成されている名古屋市は 横浜市・大阪市に次ぐ全国第3位の人口を有し、東京と京都の間に位置することから、中京とも 呼ばれ、三大都市圏の一つである中京圏(名古屋圏)の中枢都市となっています。
また、政令指定都市に指定されていて、中部地方の政治・ 経済・文化の中枢でもあります。
名駅と栄が、広域集客可能な繁華街となっていて、市の中心部となる栄と名駅一帯は地下街が 発達しています。
近隣都市からも集客するショッピングエリアを持つ商業都市と二つの顔をもっています。
それに伴い、地下鉄網もかなり充実していて、名古屋市内の移動がかなり便利になりました。
現在も地下鉄工事は各地で進んでおり、これからもよりいっそう便利になると思われます。
なお、地元住民は名古屋駅の事を 名駅(めいえき)と呼び、これは名古屋駅周辺の行政地名にもなっています。
名古屋のオススメベスト3
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| 青柳ういろう
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名古屋市科学館 | |
| 八丁味噌 |
名古屋港水族館 | |
| 守口漬け |
東山動植物園 | |
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| 各お土産は楽天市場や ヤフーショッピングで購入 できます。 |
全国的にはマイナーでも 地元では人気の遊び場 スポット。 |
ビジネスや朝食なしなど 各種格安プランがありま す。 |
名古屋市内ではタヌキやキツネも生息。
自然環境においては市内に1571の昆虫が生息し、これは県下の26%にあたります。
市内東部ではリス、タヌキ、イエコウモリ、コウベモグラ、ノウサギ、キツネの生息が確認されていて、 野鳥類では現在約240種が生息しています。
日本の三大都市にもかかわらずこのように自然豊かなのは、名古屋市が環境に対して高い関心があるからです。 というのも、ゴミ埋立地として予定されていた藤前干潟の 埋め立て計画を環境保護のために断念し、名古屋のごみ処理が限界を迎えたことにより、市民自身が 環境の大切さを意識し始め、複雑で面倒な「ゴミの分別」に協力してきた経緯があるからです。
名古屋は市民挙げて名古屋を盛り上げているのです。
そして今、河村たかし市長のもと、新しい名古屋が発進しようと しています。国として出来なかったことをまずは名古屋からやっていこうとする所謂「庶民革命」です。
これからの名古屋市を是非注目していてください。
ちなみに、市章は現在の名古屋市を拠点に尾張を統治した親藩、徳川御三家筆頭格の尾張徳川家の 合印に由来する「八」。
平成22年には「名古屋開府400年祭」が催され、各地でいろんなイベントが開催されました。
当サイトは、私の地元である名古屋を中心とした観光、グルメ、暮らし、名古屋市としての取り組みなど、 今の名古屋がどんなに素晴らしい都市なのか紹介しています。
一度見ていただき、今度名古屋におこしの際に是非参考にしてください。
名古屋の観光名所とグルメスポットの新着情報
開府400年を記念して名古屋城期間限定公開
本丸御殿復元工事特別公開
名古屋開府400年のクライマックスとして、名古屋城本丸御殿「「玄関の復元過程」が特別公開されました。この本丸御殿は400年前、天守閣の南に設けられた将軍や有力大名のための迎賓館です。豪華な内装でも知られ国宝第一号となりました。しかし戦火で焼失してしまい、このたび復元することになったものです。 今回工事現場の様子を見学してきましたのでご覧ください。おそらく2度と見ることができないと思われる部分です。
玄関二之間には、一之間とあわせて「竹林豹虎図」が狩野派により描かれていました。壁面に直に貼り付けられていたため、戦災で失われてしまいましたが、焼失前の写真などをもとに復元模写を行い、400年前の鮮やかな姿を蘇らせました。
見る人を威圧するような勇猛な虎は、藩主に会う前の来訪者の緊張感を高めるとか。

下から順に礎石、束、大引、根太(ねだ)が組まれ、床の荷重を支えています。これらの部材の多くはヒノキ材です。このあと床材を張り、一之間・二之間にはそれぞれ18枚、28枚の畳が敷かれています。礎石の下にはコンクリートが見えますが、この下には焼失した本丸御殿の礎石が眠っているそうです。焼けてもろくなり使うことができないので大切な遺構としてそのままの状態でコンクリートの下に保存されているそうです。

玄関の柱には、約20cm角のヒノキが使われています。当時の本丸御殿には、後に尾張藩の御用林となった「木曽」(長野県木曽地方)、「裏木曽」(岐阜県中津川市)の名木「木曽ヒノキ」が使われたとされています。木肌が美しい木曽ヒノキは、古来より重宝され、日本の木造建築文化を支えてきました。今回の復元事業においても、柱など見える場所に使う木材は、可能な限り木曽ヒノキを使うことにしているとか。

天井裏には天井板が張られるため、天井裏の様子は今しか見ることができません。梁や桁のほかに束、母屋、垂木など数多くの木材が組まれ、大きな屋根を支えています。本丸御殿はまさに大きなジグソーパズルのような感じに造られているのです。日本建築は"再利用"の考え方があります。したがって、接着することをしない代わりに取り外しが利き、さらには再利用することもできるという非常に合理的な伝統工法です。
本丸御殿の壁は土壁です。表面に漆喰を塗って仕上げます。現在は、竹を細く割った「小舞竹」という壁の下地となる部材が組まれた状態で、今後はこの上に壁土を塗る作業に入ります。荒壁塗、貫伏せ、班直し、中塗りなどの多くの工程の中で縫っては乾燥させることを繰り返し、最終的に漆喰で表面を仕上げ、白く平らな壁が出来上がります。

外から見た本丸御殿の玄関部分の復元工事の様子です。ご覧のように非常に大掛かりな工事となっていて、多くの職人が一つ一つ丁寧に手を加え、いくつもの工程が繰り返され、2013年には完成予定となっています。
これが完成イメージ。2009年1月にスタートし、2018年(平成30年)の全体完成に向けて着々と工事が進んでいます。名古屋城をバックに眩いばかりの本丸御殿が完成するのが待ち遠しいです。







